公益財団法人日本乳業技術協会
事業部長
大嶋 秀克さん
(おおしま ひでかつ)
「牛乳の風味変化対策支援事業」事業責任者
専門は微生物検査、HACCP導入支援。
日々の食卓に欠かせない牛乳やチーズ。そのおいしさや安全性の裏側には、
目に見えない努力があります。
実は、JRAは牛乳や乳製品の安全と品質を守る取組みにも支援しています。
皆さんは、普段から牛乳やチーズなどの乳製品を食べていますか?
実は今、日本の酪農現場は大きな転換期を迎えています。少子高齢化や食生活の変化、生産コストの高騰などさまざまな理由から、生乳(しぼりたての牛乳)の生産量は1990年代をピークに減少傾向にあります(※1)。さらに後継者不足なども重なり、国内の酪農家の数は減少の一途をたどっています(※2)。
こうした厳しい状況の中で、自らの手で未来を切り開こうと「6次産業化」に挑戦する酪農家が増えています。
6次産業化は、1次産業(生産)、2次産業(製造・加工)、3次産業(流通・販売)の掛け合わせで、1×2×3=6次産業という意味。例えば、牛から絞った生乳をメーカーに納める(生産)だけでなく、自らチーズやヨーグルト、アイスクリームなどをつくり(製造・加工)、牧場やECサイトで直接お客様へ届ける(流通・販売)ことで、新たな価値を生み出すことを目指します。近年、6次産業化に取り組んだ小さなチーズ工房が、国際的なコンテストで金賞を受賞するなど、嬉しい成功事例もたくさん生まれています。
しかし、個人や小さな工房が独自の乳製品を流通させるには、大きな壁が直面します。それは、国際基準の衛生管理「HACCP(ハサップ)」の実行や、賞味期限の科学的な証明です。HACCPは、食べものを安全につくるために「危ないポイント」を予測して見張り続ける大切な仕組みですが、家族経営のような小さな酪農家にとって、厳格な基準をすべて自力でクリアするのは一筋縄ではいきません。
そこで、酪農家の「安心で美味しい乳製品を届けたい」という挑戦を後押しするためにスタートしたのが、JRAの畜産振興事業の支援を受けた「生乳と乳製品の安全性・信頼性向上事業」です。
※1
農林水産省「牛乳乳製品統計調査」より
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?stat_infid=000040358547
※2
一般社団法人 中央酪農会議 報道発表資料より
https://www.dairy.co.jp/20241202.pdf
JRA畜産振興事業とは JRAは、国庫納付による畜産振興への貢献に加えて、利益の一部を財源として畜産の振興に寄与する民間の事業に助成しています。詳しくはこちら
事業主体として具体的な支援を行う「日本乳業技術協会」は、国内で唯一、乳・乳製品の検査に特化したプロ集団。協会の専門スタッフが実際に全国の工房や農場を訪問し、HACCPの基準をクリアするための現場チェックや衛生指導を行うほか、酪農家が自ら衛生検査できる仕組みづくりを行います。また、「食品ロスを減らすために、安全性を保ちつつ賞味期限をなるべく長く設定する」という国のガイドラインに基づき、客観的なデータに基づいて賞味期限を決められるようサポートしています。2024年度から2026年度の3年間にわたって、30を超える酪農家を直接支援しました。
工房の衛生基準チェックの様子
工房の衛生基準チェックの様子
専門家による検査の最大のメリットは、目に見えない衛生状態や栄養成分が「数値」として目に見えるようになること。衛生管理に慣れていない酪農家でも、「どの器具の洗浄が足りないか」「手洗いが十分か」が数字で一目瞭然になります。具体的なデータがあるからこそ、すぐに正しい改善アクションを起こすことができるのです。
また、同じ「チーズ」であっても、工房や製法によって含まれる栄養成分は異なります。成分データは製品の個性をアピールする強力な武器になり、消費者にとっても「安心して購入できる理由」になります。
6次産業化への自信に!参加した酪農家からの声
着実に全国へ広がりを見せているこの取組み。日本乳業技術協会も、「蓄積されたデータが、今後の酪農家さんの衛生管理や表示設定の貴重な指標になっていくはず」と大きな手応えを感じています。
※
各年度の実施結果をまとめた報告書はこちら
6次化乳製品の衛生管理支援事業(日本乳業技術協会)
https://www.jdta.or.jp/jra.html
先ほどの事業が「デジタル(数値化)」で安全を守るアプローチだとしたら、次にご紹介する「牛乳の風味変化対策支援事業」は、人間の「五感(見る・嗅ぐ・味わう)」を研ぎ澄まして品質を守る、いわば「アナログ」なアプローチです。
皆さんは、子どものころ学校給食で「今日の牛乳、なんだかいつもと味が違うかも?」と感じた記憶はありませんか?
その理由は、牛乳は工場でつくられる「工業製品」ではなく、季節や牛の食べるエサ、気候によって風味が変化する繊細な「畜産物」だから。牛たちが水分を多く摂る夏は、ゴクゴク飲めるさわやかでスッキリとした味わいに。寒さに備えて体に栄養をたくわえる冬は、乳脂肪分が増えてコクのある深い味わいに。そんな巡りゆく四季がもたらす自然な風味の違いも、牛乳の大きな魅力です。
しかし給食の現場で児童や生徒から「味が違う」と声があがると、安全性を懸念して牛乳が回収・廃棄されてしまうことがあります。検査をすると「成分も安全性も全く問題なし(=自然な風味の変化)」というケースがほとんどですが、一度回収された牛乳は廃棄せざるを得ません。
この問題の難しいところは、「自然な風味の変化」なのか「傷んでいるのか」を機械だけで判別するのが難しい点にあります。そこで必要となるのが、訓練された人間の五感による「官能評価(かんのうひょうか)」です。
「牛乳の風味変化対策支援事業」は、2026年から3年間にわたって実施される新しい取組みです。
酪農家や牛乳工場の担当者を対象に、風味の違いを正しく見分ける「官能評価の実技研修」や「認定試験」を行い、人間の五感を使って味や香りなどの品質を調べる評価者を育成します。また、消費者の皆さんに「牛乳は季節によって味が変わる自然の恵みである」ことを知ってもらうための啓発活動や食育活動もサポートしていきます。
この事業で特に画期的なのは、生乳をつくる「酪農家」自身が官能評価の技術を身につけることです。
各地の農家から集められた生乳は、工場の大きなタンクで混ぜ合わされて製品になります。もし生乳の段階で風味の異変に気づくことができれば、大きなタンクで混ぜ合わせる前に素早く対処でき、廃棄の量を最小限に抑えられます。何より、給食でのトラブルや「牛乳嫌い」になってしまう子どもたちを減らすことにもつながります。
酪農家を対象とした異味異臭体験プログラムの実施風景
酪農家を対象とした異味異臭体験プログラムの実施風景
今回ご紹介した2つの事業は、どちらも日本の酪農・乳業の未来を守り、持続可能な産業へと育てていくための大切な取組みです。
安心な乳製品づくりも、牛乳の風味を守る技術も、消費者の目には直接見えない「陰の努力」です。こうした検査や研修には本来大きなコストがかかり、規模の小さな酪農家にとっては重い負担となります。
課題解決のため、JRAが日本乳業技術協会の事業を支援することで、酪農家さんに過度な負担をかけることなく、専門機関による最高水準の技術指導や講習を現場へ提供できる体制づくりにつながっています。
「おいしく安全な牛乳や乳製品を、みんなに届けたい」――。
そんな酪農家さんの真っ直ぐな思いを、JRAはこれからも専門機関とともに支え続けていきます。私たちが普段なにげなく手に取る「いつもの牛乳やチーズ」を、これからもずっと安全・安心に楽しめる未来のために、JRAの支援活動は続いていきます。毎日の食卓を支えるこうした支援活動に、ぜひ注目してみてください。
公益財団法人日本乳業技術協会
事業部長
(おおしま ひでかつ)
「牛乳の風味変化対策支援事業」事業責任者
専門は微生物検査、HACCP導入支援。
公益財団法人日本乳業技術協会
事業部 課長
(ささき すすむ)
「生乳と乳製品の安全性・信頼性向上事業」事業責任者。理化学検査員として主に乳・乳製品中のミネラルおよび放射性物質の分析を担当。
公益財団法人 日本乳業技術協会
乳・乳製品の品質と食品衛生の向上、酪農・乳業の振興、そして豊かで健康に良い食生活に寄与することを目的に設立された国内唯一の「乳・乳製品に特化した専門検査機関」。成分や微生物の検査、データの提供、検査方法の研究、技術研修などを通じて、日本の乳文化を陰から支えています。